お知らせ
2026年2月9日
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【献体事務室便り】あめじゅ”を求めて、向き合い、そして支える

冬空に美しいライトアップが映えるスウェーデンの首都ストックホルムからノーベル賞授賞式の映像が流れてきました。
今年のノーベル生理学・医学賞に坂口志文博士、化学賞には北川進博士と十年ぶりの日本人ダブル受賞の快挙。このホットな話題は幾多の災害や災難に見舞われた国内にほのかな光を灯してくれました。

この授賞式の歓喜に沸き立つ中、私は県央部の町へ篤志家希望の方の面談に向かいました。
お申し出頂いた50代後半の男性の方は30年間の透析生活を経て、自分の生きた軌跡を残したい社会に恩返しをしたいとの思いで献体登録を希望されています。闘病生活を送る自室での面談には実姉、実兄の奥様にも同席して頂き、これまでの闘病生活の様子を伺い、またご本人からはその覚悟をお聞きしました。
現在は週3回に及ぶ透析で骨が脆くなり、脱臼が起き、低血圧症を併発しているために、透析を途中で中止する時もあるそうです。そんな状態にある自分の身体を何とか後世に繋ぎたいという思いからご献体を検討され、同時に透析の中止という選択も視野に入れておられ透析を受けている病院ではこの案件に対して、すでに複数回に渡る倫理委員会を開催し、弁護士の方も介入されているとのことでした。
生命の存続に関わるこれらの重大な選択はご本人にとってもご家族にとっても筆舌に尽くし難いほどの苦渋の選択になると思います。献体業務に携わって30余年、そこで私がお伝え出来たことは「一度答えを出しても、それは何時でも変更や取止めが出来ます。引き返すことも出来るのです」たったそれだけでした・・・。
大学に戻る車の中で、ノーベル賞受賞会場を思い描き「受賞者のみなさまの研究成果が一日でも 早く社会にもたらされますように…」と切に願いました。

先の出来事と照らし合わせたように、11月初旬、岩手県盛岡市で開催された研究会のテーマ『“あめじゅ”を求めて、向き合い、そして支える』を思い起こしました。
“あめじゅ”という言葉は岩手県出身の詩人宮沢賢治の『永訣の朝(えいけつのあさ)』から引用されています。病床の妹トシが兄である賢治に繰り返し『あめじゅとてちてけんじゅ(雨雪を取ってきてください)と頼む場面は病苦の極みに置かれた人の願いの、 最も切実な姿を映しているように思います。この言葉は喉の渇きを潤したいと いう生理的な希求であったかも知れないけれど、その言葉を兄である賢治は 『死を前にした妹が自分の生き方を照らし出してくれた願い』として受け止め「死ぬといういまごろになって、わたしをいつしやう あかるくするために こんなさっぱりした 雪のひとわんを おまへは私に頼んだのだ」と賢治は語っています。妹の切なる“願い”が贈り物として兄に届けられ、妹は自らの苦しい身体を通して兄のこれからの生き方を支えたのではないでしょうか。

医療の発展に伴い、苦痛を和らげる手段は格段に進歩しています。しかし、その患者さんが本当に求めているのは“症状”の向こう側に存在しているのだと思います。
「この痛みや苦しみを和らげたい」「少しでも長く生きたい」という願いだけでなく、「大切な人に想いを託したい」「最後の瞬間まで自分らしくありたい」というその人なりの『真の願い』が確かにそこにあるのではないでしょうか。表に出てくる言葉だけでなく、その人の奥底に潜み、ご本人さえ言葉にならないこともあるでしょう。
人々の最終章に立ち会う献体業務の中ではこうした『言葉にならない願い』に何度となく出会うことがあります。そんな時にはより深く耳を傾け、丁寧に誠実に寄り添うことで、その人の願いの輪郭が少し見えてくることがあります。そしてその願いの発見は残された家族や支えてきた人たちの”これから”を照らし出す灯だと信じています。
私が本学での献体業務に関わらせて戴く時間もあとわずかとなりましたが、これは次の世代への大切な申し送りとします。

さて、お話は大きく変わりますが、今夏は3週間程掛けて北欧を巡って参りました。
スカンジナビア半島西側に位置するノルウェーではユネスコ世界遺産に登録されるフィヨルドに船中から接近。氷河が岩盤を削り取って形成した深い入り江と切り立った崖とエメラルドグリーンの水面が織りなす絶景に伝統的な赤い木造家屋や灯台が風景に彩りを添え、太古からの自然と共有する生活を見ることができました。また幸福度の高いと言われるデンマークでは”ヒュッゲ“(デンマーク語で居心地のいい空間や幸福感といった意味)という日常の小さなことに幸せを感じる事の出来る心の持ちようそのものをとても大切にしていることに感銘を受けました。
さきのスウェーデンのストックホルムではダイナマイトを開発したスウェーデン人化学者で事業家のアルフレッド・ノーベルの命日でもある12月10日にちなんでノーベル賞授賞式がストックホルムのコンサートホールで、平和賞においてはノルウェーの首都オスロの市庁舎で行われていることを初めて知りました。 
これまでの先駆者の揺るぎない幾多の汗と涙の結晶が積み重なっている受賞会場では荘厳かつ厳粛な感覚に全身が震えました。

なお、北欧のいずれの国でもAIやデジタル化を活用したサービスの効率化が大きく進められ、高齢化や人手不足の解消対応策が強化されており、バスや電車などの公共交通機関は老若男女問わずアプリを活用した乗車チケットが当たり前。一方、日本のように車中でずっとスマホに目を凝らしている人がほとんどいないこともとても新鮮でした。現代社会に有効なツールを駆使しながらも自分の限られた時間や大切な文化とどのように向き合っていくのかを考える年の瀬です。
どうぞ新しい年がみなさまにとっても安全で快適な日々となりますよう心より願っております。

令和7年  熊蟄穴(くまあなにこもる)候

東海大学医学部献体事務室 遠藤京子 記

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