お知らせ
2008年6月25日
活動報告
【2008年 解剖慰霊祭】感謝のことば 学生代表

今日、こうして、三年生を代表して、御霊の御前にて、解剖実習に対する思いをお話させていただけるとは、去年の今頃は全く思っていませんでした。緊張していますが、この場に立っていることをとても幸せに思います。
今から、お話をさせていただくことは、五ヶ月間の実習で私自身が勉強させて頂いた御遺体に対しての感謝の気持ちです。私が実習を通して感じてきたことを、三年生全員が同じように感じたとは、思っていません。しかし、御献体に対する感謝の気持ちというのは、表現は違えども、三年生全員の声であると、私は確信しております。

それでは、少し長くなりますが、読ませていただきます。

増田さん、あなたとお別れをしてからもう8ヵ月が過ぎました。最近になって、よく寂しくなることがあります。それは、この8ヵ月という時のせいなのか、日々の勉強に追われてしまっているせいなのか、解剖実習の記憶が徐々にですが、薄らいでいるように思えます。5ヶ月間という長い実習の中で、たくさんの思い出ができました。苦しかったこと、本当にこの道に進んでよかったなと思えること。本当にいっぱいあります。でも、確実に一つ一つの記憶が遠い存在になりつつあるのは事実です。

しかし、あなたとお別れした日の事は、はっきりと覚えていますし、一生忘れることができない日です。今年の2月7日のことでした。真鶴の小高い丘の上にある火葬場であなたがご家族の元に戻られるのを見届けました。

その一週間前に、学校の解剖実習室で納棺の儀式がありました。本当なら、あなたとはそこでお別れしていたはずでした。 でも、私にはそれができませんでした。私は解剖学の教室に向かい、先生にあなたを最後まで見送らせて頂きたいと、わがままにもお願いしました。その時は何故、あなたを最後まで見送りたいと思ったのか、はっきりとした理由は私にもわかりませんでした。ただ、あなたとお別れすることが寂しく思ったと同時に、このままお別れしたら、きっと後悔するということを直感したのだと思います。その後、冷静になって考えてみると、なぜ最後の最後まであなたを見送りたかったのかがわかりました。それは後ほどお話したいと思います。

話は解剖実習が始まる前に飛びますが、その時の私は、ある2つの思いを抱いていました。それは「喜び」と恐怖心でした。「喜び」というのは、私は、純粋にヒトの体の構造がどうなっているかを知ることができるという喜びでした。しかし、その「喜び」以上に強かったのは「恐怖心」でした。 なぜなら、私は以前、祖母が亡くなり、その死というものを目の前にした時、強い恐怖心を覚えました。ましてや、初めて会う、いわば他人の死を目の前にするのがとても怖かったのです。親族の死とは比べられない程の恐怖を感じるのではないかと思っていました。こんな怯えている状態で、5ヶ月間の実習に耐えられるのかという不安を持っていました。そんな2つの思いが混在していました。

そして、解剖実習の初日、あなたと初めてお会いした時、私は全く恐怖心というものを感じませんでした。恐怖心どころかあなたを目の前にして、何の感情も湧き上がってきませんでした。それはおそらく、あの時の私には、あなたはヒトではなく、物にしか感じられなかったのだと思います。私はそんな自分に愕然としました。そして、意志をもって献体してくださったあなた、そしてご遺族の方にこんな、気持ちを持ってしまい、本当に申し訳ないと、そう思いました。私は、あなたに対する自分の意識がどうしたら変わるのだろうかと考えました。結論は、あなたの意志に報いるために、解剖というものに全力で挑もうと決意しました。それは一生懸命解剖実習に取り組むことで、あなたが私にとって特別な存在になってくれるだろうと、そう考えたからです。

そこから、私の長く苦しかった解剖実習がスタートしました。
私はとにかく必死に勉強しました。朝は、太陽の昇る前に起き、真っ暗な中、学校の図書館でその日、実習を行なう箇所の勉強をしました。実習では、毎回のように終了時間ギリギリまで行いました。そして、実習が終われば、また図書館に向かうという毎日でした。
最近、友人と解剖実習を振り返って話をした時に、「あの頃のおまえは何かに取り付かれているようだった」と言われました。自分でもそう思っています。とにかく知識を付け、あなたの意志に報いよう。そうすれば、きっとはあなたが、私にとって、ヒトになってくれるだろう。という思いに取り付かれていたのだと思います。しかし、そのような思いが強く、自分を追い込んでいたせいなのか、実習中は常に辛さというものがついて回っていました。

いくら勉強をして実習に望んでも、あなたは私の見せてもらいたいと望むものを簡単には見せてはくれませんでした。何日も粘っても、結局見せてくれないこともありました。血管の名前、神経の名前、何度も何度も覚えても簡単に忘れてしまうことばかりでした。毎日のように自分の能力のなさに失望していました。

それだけでなく、これだけ一生懸命勉強をしてもあなたの存在は全く変わりませんでした。私は、解剖の始まる前には、「今日も一生懸命がんばります。ちょっとでもいいのでヒトに近づいてください」と、解剖の終わるときには、「明日こそはお願いします。こんなに頑張っているのですから」と祈りながら黙祷を捧げていました。それでも、あなたはモノのままでした。
夜中、学校から家へとトボトボ歩きながら、自分は医師になるに相応しいのか、こんな能力もないし、心の豊かさもない人間が本当に医師になってよいのかと自問自答することがありました。考えすぎて眠れない日もたたあり、公園で一人お酒を飲んでいたこともありました。こんな状態が、解剖が始まってから4ヶ月ほど続きました。

解剖実習が始まり、秋が過ぎて、そして年が明けました。実習も残り一ヶ月をきっていた頃です。ある気持ちの変化が私の中で起こりました。その変化は徐々に起こったのではなく、ある時点を境にして急に起こったような気がします。その時とは、あなたのお顔の勉強を始めさせていただいた時です。

あなたのお顔の勉強を始めさせていただく時、初めて恐怖心を感じました。それは、お顔を見つめれば見つめるほど、あなたが、やはりただのモノではないことを感じ始めたからだと思います。私は本当にあなたのお顔に手を出していいのだろうかという思いが駆け巡りました。しかし、同時に、この恐怖心が生まれたことに、喜びを覚えました。それは、あなたが私にとって、モノから特別なヒトとなっていくスタートだと思ったからです。

あなたのお顔を見つめながらの実習の中であなたが生前、どんなお仕事をしていたのだろう、どうして献体をするに至ったのだろうかと、あなたの事を少しずつですが、考えながら実習を行なうになっていきました。そう考えるようになってから、それまでの実習では、ただ、単に教科書に書いてある事実を確かめるために、実習をしていたことに気づきました。私は、あなたと向き合っていたのではなく、教科書に向き合っていたのです。その勉強のやり方が、必ずしも間違っていたとは思っていません。それによって多くの知識を身につけられたのは事実です。でも、もし、解剖実習の最初に、あなたのお顔と向き合うだけの余裕があれば、ひょっとしたら、もっと早く、私の中であなたの存在が変わっていたのかもしれません。

実習の最後の一ヵ月は、これまでよりも一層、覚えなければならないことがあり、また、それまでの実習の疲れの蓄積があったためか、体力的にきつかったです。しかし、本当に充実していました。あなたから勉強させていただいているという実感で満ちていました。この期間が実習の中で唯一楽しかった思い出だといってもいいでしょう。そんな思いのまま、実習が終了しました。

解剖実習の最終日にあなたを納棺させていただきました。さっきも言いましたがあの時は、あなたとお別れするのが純粋に寂しかったです。最後の時間が充実していたからこそ、そう思えたのだと思います。しかし、それ以上に、やっと、あなたに向き合うことができ始めた時で、あなたの事をもっと知りたいとそう強く思ったのだと思います。そんな気持ちが、あなたを最後まで見送り、そしてご家族に会いに行くという行動に私を突き動かしたのだと思います。

2月7日の日、あなたの御家族にお会いしました。私はあなたの長い人生のごく一部ですが、伺うことができました。あなたが生前、どんな仕事についておられたのか、どんな思いで献体をされたのかなど、わずかなことしか聞くことができませんでしたが、あなたの生前のお姿を想像することができました。そしてあなたがご家族の元に戻られ、奥様にしっかりと抱かれながら去っていかれました。「ついに行ってしまった」と思ったと同時に、とても清清しい気持ちになりました。長かった実習がやっと終わったと、そう思いました。それは、最後の最後に、私の中で、あなたが、ものではなく、一人の特別なヒトとなったからでした。

今思うと、あなたはこの実習を通して、私に多くの試練を与えていたのだと思っています。その試練に対して、最終的には私なりの答えが出せたのではないかと思っています。それは、信念を持って進んでいけば、多くの困難があってもいつか光がさして、必ず乗り越えることができるということです。とは言っても、その試練の厳しさに、心が折れそうなことが何度もありました。先生方や大切な友人達の支え無しでは、乗り越えられなかったと思います。しかし、それ以上に、乗り越えることができたのは、光をさしてくれたのは、試練を与えたあなたでした。あなたの存在が私の持っている力を最大限に引き出してくれたのだと思っています。この多くの苦しさ、困難を乗り越えられたことは、私にとって、大きな自信となり、財産です。私は、あなたが与えてくれたこの大きな財産をもって、今後、社会に役に立つことができるよう、一歩一歩ですが、精進して行くことをお誓いします。天国から見守っていてください。増田さん、本当にありがとうございました。
そして、御献体をしてくださった全ての方々と、後献体にご理解を示してくださったご遺族の方々に対して、今一度、感謝の言葉を言わせていただきます。ありがとうございました。

2008年10月9日
医学部 3年代表 棚橋一雄

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こちらからお願いいたします
電話 0463-93-1121 0463-93-1121
 (内2500)
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