お知らせ
2023年12月25日
お知らせ
【献体事務室便り】心の遺産

初冬の早朝、通勤途中の足元に広がるイチョウの黄金色の絨毯・・・慌ただしく急ぎ足ながらも、無垢の彩色の美しさに思わず、身も心も躍動する瞬間・・・どこか懐かしい風景、忘れかけていた足元の感触に彷彿し、寒さも和らぐような気がします。
冒頭ではありますが、先日参加した研究会でのことをぜひみなさまにお伝えしたいと思います。

十一月末、御講凪(おこうなぎ)の吹く四国の松山市で開催された研究会での特別講演で『人の精神性のいのちは、死後もあとを生きる人々の心の中で生き続け、それぞれの人生を膨らませる。それを“死後生”と呼び、人はその人の想いを、ふとした処に遺していく。
その心の遺産こそが亡き人の“死後生”である』とノンフィクション作家の柳田邦男氏が熱く語られていました。

氏は栃木県に生まれ、幼少期に父上を亡くされ、その後は母上一人で七人の子どもを育て上げられそうです。その母上の逆らい難い人生を支えた言葉は『仕方なかんべさ』『なんとかなるべさ』『たいしたもんだ』この言葉こそが、柳田氏自身の人格形成の中で最も身に沁みた言葉だと語っておられました。
講演の結びには『死後生をより良いものにするために今、いかに生きるかを考えて生きたい』と力説されていました。私自身、死後生と言う言葉は初めて耳にする言葉でありましたが、強い共感を覚えました。

今秋、解剖慰霊祭は規模を縮小させつつも開催することが出来ました。
医学部医学科三年生、解剖学実習が終了したばかりの医学科二年生、そして看護学科四年生が参列しました。ご遺族さまへの慰霊演奏には管弦楽団十四名の学生諸君が授業や試験の合間に日々練習を重ね、当日は秋空高らかに音色を奏でてくれました。その顔にはいつも以上に、清々しくはつらつとした満面の笑顔が溢れていました。
また二年生の学生諸君は、会場内外での案内や車椅子の介助、受付などを担当し、車椅子介助の予行練習では、身体の大きな林教授を実際に車椅子に乗せ、持ち上げて移動するなど逞しい姿も見せてくれました。
こうした学生諸君の活躍にご献体者の方々の精神性のいのちも引き継がれ、学生諸君への心の遺産となっていくことでしょう。

14人の協演に拍手がいつまでも鳴り響いていました
落とされないようにヒヤヒヤ顔の林教授

さて私事になりますが、今夏は四年ぶりに渡欧しました。
行き先は南イタリアを鉄道、長距離バス、船、タクシーを駆使しての旅です。悪評高いイタリアの鉄道が定刻通りに発車するのは皆無。また列車の接続の悪さや便数の少なさに加えて、ほとんどの駅構内にはエレベターやエスカレターが設置されていないため、移動に四苦八苦。二十キロ以上もある大きなスーツケースを抱えながら階段を昇降するなど、日本では想像できないような貴重な経験もしました。

”美しい塔の町”サン・ジミニャーノは中世情緒溢れる町並みとそこにそびえる塔の群れはまさに一枚の絵です

ナポリから始まった旅はサレルノ、ポジターノ、アマルフィ、ソレントとイタリア有数の保養地をさらっと通り過ぎて、その後、シチリア島の中心都市のパレルモへと列車ごと、メッシーナ海峡を渡り(列車を二~三両毎に切り離し連絡船に積み込む)シチリア島に上陸しました。
パレルモはゲーテが『世界で最も美しいイスラムの都市』と讃えたイスラム文化とキリスト教文化の融合した見事な歴史的建造物があります。

旅の中盤は、高速船で再びイタリア半島に戻り、アドリア海とティレニア海に囲まれた美しい海岸線の続くターラントへ向かいます。ターラントはカミュ著『ペスト』の中で主人公の医師リューが降り立つ港町で、その描写の美しさに心惹かれていました。そこからマルテーナフランカ、アルベロベッロ、ロコロトンドといったイタリアの小さな美しい村を訪ね、レッチェ、ボローニャを経由して、いよいよ旅の終着地フィレンツェへと向かいます。
若かりし頃に憧れた映画の舞台ともなったサンジャミアーノ、アッシジ、シエナ、オルビエート、ペルージャのユネスコ世界遺産を見て廻りました。どの町も小さいながら活気に溢れそこには多くの異民族が生活していますが、文化や宗教に寛容な施策が行われ、融合した独自の文化が花開いていました。

今、世界のどこかで思想の違いや異宗教による戦争が行われている事が不思議なくらいです。
その一方、非常に残念に思ったのがイタリアのどこに行っても目につく投げ捨てられたたばこの吸い殻。世界遺産の周辺でも然りです。

喫煙者の中には中学生くらいの子どももおり、公然と列車の車両連結部分や乗車口などで喫煙している光景には心底、驚きました。イタリアは二〇〇五年に公共の場所での禁煙を違法とし、規制を強化しているようですが、G7の中でもイタリアの禁煙率は高く、世界禁煙率ランキング中、六三位(一九八の国と地域の年齢十五歳以上が調査対象)ちなみに日本は八九位です。
さらに驚くべき事に『健康を個人の基本的権利および社会全体の利益として保護する』と定められたイタリア共和国憲法(二〇〇三年法)には『喫煙できない場所』を定めた法律から『喫煙出来る場所』を定めた法律へと大転換がなされ『閉鎖的空間の喫煙が禁じられている』だけで、しかも違反した際の罰則が明記されていないため、違反しても罰せられることはありません。お国事情ではあるかと思いますが、この国の心の遺産は市井の人にどのように届いていくのでしょうか。

先日、映画『あの花が咲く丘で君とまた出会えたら』を鑑賞しました。映画の大筋は親や学校、友達…すべてにイライラした現代の女子高校生が太平洋戦争末期にタイムスリップし、そこで出会った若き軍人に淡い恋をするのですが、彼はじきに敵地へ片道分の燃料で飛ぶ特攻隊員という哀しい物語です。

私が鑑賞した平日の夕方、場内は制服を着た高校生でほぼ埋め尽くされ、開演前には写メを撮り合い、ヒソヒソ話し声に眉を顰めていました。しかし映画が始まるやいなや、会場内はシーンと静まり返り、時折聞える隣席の生徒の嗚咽にビックリ・・・戦争など全く知らない現代の若者が、こんなふうにしか青春を生きられなかった若者からの『心の遺産』をしっかりと受け継いでくれていると信じての年の瀬です。                            

最後になりますが、会員さま、ご家族のみなさま、今年も本学への大きな大きなご支援とご協力を 賜りありがとうございました。どうぞ来る年も宜しくお願いいたします。

二〇二三年 丑の月
東海大学医学部献体事務室 遠藤京子

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